2013年11月
2013年11月12日
美味しそう楽しそうビールのCM・グルメ番組の飲酒シーン
「お酒は適量なら飲んでいいのに、なぜ毒扱いするのか」
という
「アンチ断酒」と思われる内容をあるブログで読んでしまいました。
お酒が好きで、でも適量をたしなみ、お酒を楽しんでいらっしゃる方が
大勢いらっしゃるのですね。
適量。
ビール:中びん1本(500ml)
日本酒:1合(180ml)
焼酎:0.6合(約110ml)
ウィスキー:ダブル1杯(60ml)
ワイン:1/4本(約180ml)
缶チューハイ:1.5缶(約520ml)
いろいろなサイトを見て、比較的多かったのがこれでした。
思えば
成人して、お酒を飲むようになったときから、
私はこの適量を大幅に超えていたと思います。
このデータは、
大きく世の子供に知らしめるべきだとおもいました。
これ以上飲んだら、アルコール依存症になる恐れがあります、と。
たばこの箱に書いてあるように。
でも。
アルコール業界はイメージもよく、
毒になりうるなどと、表記されるはずもありません。
子どもの頃から、
「アル中」の存在は知っていましたが
それは、「お酒が止められないという病気でずっとお酒を飲んでいる人」
と、ただそういう風に思っていました。
なぜアル中になるのか
どうすればアル中にならなかったのか
そこを知っていたかったな、と思います。
タバコや薬物について、小中学校でも指導が行われますが
だれの身近にもあり、簡単に手に入るお酒についても
もっともっと、別の形で注意が促されてもいいのにな、と思います。
「百薬の長」とまで言われることで
飲むことに何の抵抗もなく
むしろ、お酒が飲めることは楽しいこと、
素晴らしくよいこと、と錯覚してしまいます。
テレビコマーシャルの
ビールを飲む映像の何とすがすがしく美味しそうなこと。
大人になって、ビールを飲むことは
子どものあこがれにつながるような気もします。
世の中には、
適量で楽しんでいる人の方がおそらく圧倒的に多いと思うので
アルコールの存在を責めるのはお門違いなのでしょうか。
適量で止めることができなくて
アルコール依存症になってしまったことを
アルコール業界に逆ギレして恨んでも
適量で楽しんでいる人にとっては
負け犬の遠吠えと思われるのでしょう。
2013年11月11日
お酒に関係ない話もたまに書いてみる
パソコンがすぐ落ちます。
仕事で使うので、最強スペックで構成して
ローン組んで2年間分割支払いやっと終わったところなのに
購入当初から
よく落ちるパソコンでした。
このブログ書きながら
コメント返信しながら
落ちまくりです。
書き直しが4、5回になることも。
新しいパソコン、今、注文中です。
ブログ更新したいのですが、
このパソコン、ホント落ちるので
書きたくても書けない感じです。
むかつくから、
以前なら、
「くっそ~。腹立つ~」とか言いながら
絶対飲んで紛らわしていたところですが
飲みません。
2013年11月09日
私が連続日中飲酒を引き起こすことになったであろう原因
日中飲酒はやめなさいと
心療内科の医師に何度も言われました。
でも何年も飲み続けていました。
昼夜問わず。
結婚して3年目に、
2人目を妊娠したあたりから、
夫の外泊が始まりました。
それまで、
私は結婚して、嫌だった実家を出られて
普通に暮らせていけて、長女もうまれ、
これこそが幸せなんだと思っていました。
ところが
ときどき、夫が無断で外泊し、朝帰ってくることが増えていきました。
理由を聞くと、
『飲みに行ってしまい、そのまま車で朝まで寝ている』
というのが夫の言い分でした。
実際、結婚前から、そういうことがあったので、
私は文句を言いながらも、夫の言い分を信じて黙認していました。
たまにだった無断外泊がそのうち、ほとんど外泊続きになり
ケンカが絶えなくなりました。
私はアホでした。
夫に依存しまくっていたので、
夫の行動を冷静に判断せず、ただ帰ってきてくれないことを泣き嘆き
夫が帰るたびに問い詰め、責めました。
夫が自分から離れていってしまうことを一番恐れていました。
2人目の子供が生まれ、それからも夫の外泊は続きました。
夫の外泊はその後も5、6年続き、
最後には、土日にうちへ帰ってくるだけ、という生活になりました。
明らかおかしいですよね。
都会育ちだった私が、夫の住むド田舎で暮らすことになり
夫が無断外泊を続けるという強烈なストレスのうえ、
2歳児、0歳児を2人抱えて日々の生活に精いっぱいで、
身体や精神に異常をきたすのは
今思い出しても当然だったと思います。
はじめは肩こり、頭痛、程度の症状が続き、それが重くなり
次いで
自律神経失調症
過敏性腸症候群
心臓神経症
運転中のパニック症状など
全てストレスなど、心因性による症状でした。
それでも夫は帰ってきてくれず、
帰らない理由も最後まで「車で寝てる」と言い続けました。
そして私は、
興信所を使いました。
夫が本当に、酔って車で毎日寝ているのか
確認したいと思ったのです。
興信所の調査1週間足らずで
夫の不倫が発覚しました。
単なる不倫どころか、
後になって知りましたが、
すっかり向こうで住んでいたのです。
そして、土日だけ、うちへ帰ってきていたのです。
証拠を持って問い詰めました。
隠していたことを話して欲しかったし、
家族としてきちんとやり直してほしいと思いました。
謝ってくれると、思っていました。
ところが、
夫は開き直ってしらを切り
そのまま完全に家出してしまいました。
それからもう土日すら帰ってこなくなりました。
私の日中大量飲酒はその時から始まったのだと思います。
夫とは、それから約5年間、ほぼ音信不通になりました。
どこで、どうしているのかもわかりませんでした。
そして今…
なぜか夫は家に居ますが
どうやって帰ってきたのか、なぜ離婚しなかったのか
そのいきさつはまた、いつか、書いてみようかと思います。
私にとっては酒を飲まずにはいられない出来事だったのですが、
元よりお酒を飲まない人なら、何があってもお酒に逃げなかったはずです。
何かのせいにして飲み始めて、
一生をだいなしにするなんて、こんなバカなことはありません。
夫の行動が悪かったとしても
夫をそうさせたのは私にも責任があり、
ましてやお酒を飲んだのは、私自身の弱さです。
自分の人生を振り返って、
本当にお酒が必要だったのか、考え直してみようと思いました。
これから何かが起こったときに、飲まずに耐えていくためには
もっともっと強い心が必要なんだろうな、と思います。
2013年11月07日
昨夜、夫がまたやらかしました
ドラマや映画で
薬物中毒になった人が禁断症状で苦しむシーンを思い浮かべます。
私は
自分がお酒を止められなくなっていることに気が付いたとき、
そんな禁断症状に苦しむ自分を想像して
言い様のない恐怖を感じました。
牢屋の中のベッドに縛り付けられて、
「ヤク(酒)をくれ~!」と叫び
目の落ち込んだどす黒い顔で髪を振り乱し、
理性のかけらもない。
暴れ叫び禁断症状に苦しむ自分を想像しては
血の気が引いて、「どないしよー・・・」と何度頭を抱えたことかしれません。
このまま飲んでたら、そのうち本当に止められなくなって
(十分その時点で止められなかった)
入院させられて、本当に、そんなふうになるかもしれない。
お酒を止められないことの不安を忘れるためにまた飲んで
お酒が抜けるとまた自分の恐ろしい未来を想像しました。
ただただ、アホなクソババアがわざわざ自分で自分を
恐怖にオトしいれるという悪循環を毎日一人で続けていたのです。
私は苦しいほどの禁断症状を味わったことがありません。
禁断症状=再飲酒でした。
もし入院したって私みたいなやつは
こっそりお酒を買いに行くんだろうな、と考えていました。
それは私に本気でお酒をやめる気が無かったということの証かもしれません。
本気でお酒をやめる気なら、入院してもしなくても、
禁断症状を受け入れて、飲まずにいるしかないんだな、と
ここ半年くらい、
だんだん、覚悟するようになっていました。
今回も、飲みたいけれど
飲もうと思えば飲める環境にあるので、
映画のような恐ろしい禁断症状を私が味わうことはたぶんずっとないと思います。
そう思うと、
私は恵まれているんだな、と思います。
一人黙々と飲み続け
精神科にも行った。
医者に止めろと言われても飲んだ。
精神薬と酒とミックスで飲んだ。
禁酒セラピーなどの本も読んだ。
馬の耳に念仏だった。
酩酊して自己嫌悪に陥って、でも飲んだ。
のらりくらりと
いい加減に生きて来たことがよくわかります。
私、実はアルコール依存症じゃなかったのかも、
と思ってしまっうことがよくあります。
今までもそうでした。
私はだいたい酒が強かった。
そして実は自分が思うよりもっと酒に強くて、
あのまま飲んでても、大丈夫だったのかも。
別にどうってことなかったのかも。とか。
自分で思うほど大量飲酒じゃなかったのかも。とか。
酒で人に迷惑をかけなければいいのだと
一人で家で1日中飲んできた。
結局仕事がおろそかになり、家事もおろそかになり、
自分の体調も悪くなりました。
たとえ一人呑みしていても、何らか誰かに、どこかに
明らかに迷惑がかかるのだということを痛切に感じたからこそ
お酒はやめよう、止めるべきだと
あれほど思ったのです。
何度も何度も、仕事の失敗、子どもに対する負い目、自分に対する後悔
さんざん味わってきたのに、
ちょっと気を抜くと
こんな風に自分に甘くなるのです。
本当の敵はお酒ではなく、
お酒に惑わされる自分自身の弱さなのですね。
ps
お題の説明
昨夜、夜中にトイレに降りると
夫がトイレで寝ていました。
スウェット履いたままでしたが、それはもう濡れていました。
田舎づくりの家で、男便所があり、夫はそこでタイルの上で寝ていました。
起こしましたが怒られました。
生きてるのを確認して、2階へ行くと、
長女も「私もさっきパパが生きてるか確認した」といいました。
夫の醜態もオープンになってきました。
なんだかもう腹もたちません。
2013年11月05日
ちょっとだけ飲みたいな、という欲求が消えません。
今朝、長女と些細なことで口げんかをしました。
長女を見送ったあとも、
イライラムカムカ、腹が立ってしかたありませんでした。
これはもう、酒を飲んで気を紛らわせるしかない、と
強烈に思いました。
悲しさや怒りを感じればなおのこと、
何のストレスも無い時でさえ
私はいつも、朝から晩まで飲んでいました。
常に意識の半分はボヤ~っと異次元にいるような
アルコールが入っているときのあの酔っている感覚を
久しぶりに思い出しました。
飲んだら、また、あんなふうに
ちょっと現実の嫌なことを意識から遠ざけることができる。
イライラして、
酒が飲みたい、と単純に思ってしまいました。
今朝は幸い、出かける用があったため、
そのあと慌てて外出したことで、
飲みたい欲求を忘れることができました。
でも夕方、夕飯の支度をしながら
夫の飲む缶ビールを冷蔵庫に入れるとき
ああ、また飲んでみようかな・・・って思いました。
体はさほどアルコールを欲しているわけではないのに
飲もうかな、という気持ちになりました。
どうしても飲みたいわけではないのに
飲もうかな、と思いました。
朝は娘に腹を立て、イライラして飲んでしまおうかと思いました。
今さらなのに
「ちょっとくらいなら飲んでもいいかな・・・。」
と思いました。
酔えばフワフワ~っと気が大きくなって
テンションあがって、楽しくなれる。
お酒を飲んでいるときの、自分の精神力は最強でした。
気持ちよかったよなぁ、と思いました。
あぁ、ちょっとくらい、飲みたいなぁ、と思います。
私には「ちょっとくらい」は無いのです。
ちょっとくらいがちょっとで無くなることくらい
もう嫌というほど思い知っているはずなのに、
今の私は、「ちょっとでいいから飲みたいなぁ」と思っています。
まだまだ、私の体のあちこちに、
お酒の悪魔がぶら下がっているようです。
油断大敵なのです。
もっと意識をしっかり持たなくてはならないようです。