2013年10月

2013年10月21日

ネット上にはたくさんの断酒ブログがありました


アルコール依存症を自覚してからは毎日やめようと思いました。

でも、やめなければと思う気持ちに反比例して酒量はどんどん増えました。
自分に対する自己嫌悪感と不安もどんどん増えました。

私はパソコンを使った仕事がメインです。
一日の大半をパソコンの前で過ごしています。

毎日毎日、「アルコール依存症」というキーワードで検索しました。

いろんな人がいましたが、30年近くも飲酒歴のある、
ましてや女性を見つけることはできず、
世の中で、こんな陰気なアル中ババアはきっと私だけなんだ、とますます卑屈になりました。

「断酒〇日」と書かれたブログが星の数ほどありました。
書いてやめられるのなら、と私も、ここではない、別の場所で、ブログを書きはじめました。

「断酒0(ゼロ)日」から書きはじめました。

「まだ、断酒0日」「また、断酒0日」「やっぱり、断酒0日」

毎日、毎日、私のブログの題名は「断酒0(ゼロ)日」から進みませんでした。
ふざけてんのか、やる気あんのか!と言わんばかりの、日記になりました。
やっと数日は飲むのを止められたましたが、やっぱり飲んでブラックアウト。
そして書くのをやめてしまいました。


なぜ、みんな断酒を続けていられるのか、
ふしぎでしかたありませんでした。

「酒を止められた人はアルコール依存症では無かったからだ」などと思い、
世の中で一番自分が苦しんでいるようにさえ思えました。

断酒継続している方々のブログを読んで、「私もがんばろう!」と思うどころか、
「苦しくて悩んでいる人間が、人の幸せを見て、自分も幸せになれるわけがない」と思い込んでいました。

断酒成功を嬉々として綴られている多くのブログを見て

私はそれを妬み、嫉み、ひがんでいたのです。
最低でイヤな奴だと自分でも思います。 

(つづく)



にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ にほんブログ村 酒ブログ 禁酒・断酒へ にほんブログ村 酒ブログへ

rara_5 at 23:59|PermalinkComments(0)

2013年10月20日

結婚後から、現在までの飲酒の話



結婚後、いったん専業主婦になった私は、ほどなくして、昼食時に必ずビールを飲むようになりました。
夜も、夕食を食べながら、必ず飲みました。


2人目の子どもを妊娠したころから、夫の外泊が増え、ケンカが絶えなくなり、そのストレスから、私はもっとお酒に逃げました。

泥酔して帰った夫が、布団の上で吐いたり、衣服を汚すことが何度もあり、私のストレスはますますたまっていきました。


10年前くらいに、ストレスから心療内科、精神科へも通い、お酒をやめるように言われましたが、当時の私にお酒をやめる気が無かったので、精神薬を飲みながらも、お酒を飲み続けていました。

その頃から、毎日、缶類は5、6本、その上に焼酎を何杯も飲んでいました。


精神科や心療内科のことも、また後に書こうと思います。


5、6年前に、体質や、スタイルが気になってきたので、ちょっとお酒飲むのをやめてみようかな、と思い、「今日は飲まんとこ。」と思いました。
でも、その日、飲みました。それからも、何度も何度も「今日は飲まんとこ」と思いましたが、毎日必ず、飲んで飲んで、気が付くと、寝ていました。


止められなくなっている自分に気がついたとき、血の気が引くような感覚がしました。


私がアル中なんて、なるわけないと思ってたし。
お酒なんかいつでも止められると思ってたし。

それが、たった1日すら、飲まずにいることができないのです。
「飲まんとこ」と思っても、絶対に飲んでしまうのです。
無理して1日だけ飲まないでいると、翌日は反動でものすごく飲みました。
完全に自分がアルコール依存症である自覚を持ちました。


プライドが高かった私は、アルコール依存症の自分を必死で隠すことに決めたのです。
そんなのがプライドを守ることにはならないのですが…。


パソコンの前で酒を飲みながら仕事をする自分をかっこいいと勘違いしていたバカな私が、子どもに酒を飲む姿を見せないと決め、背を向けてシンクの中でこっそりマグカップに焼酎を注ぐようになりました。


止めようと思っても、本当に止められなかったのです。
自分の中に「止めておこう」という自分と「いいじゃん、飲んじゃえよ」という自分が二人いて、後者がいつも勝つのです。お酒をやめようとする「良い自分」がどんどん小さくなりました。
少しだけ、とか、一杯だけ飲んでやめる、というようなコントロールは全くできなくなっていました。


そんな私でしたが、一昨年、アルコール依存症の掲示板に参加したことがきっかけで、初めて、2日以上の断酒をスタートできました。
断酒により、異常な糖質欲求、息苦しい、過呼吸、めまいのような感覚など、離脱症状もありましたが、何とか、3か月間、飲まずにいられました。


それなのに、3カ月たったある日、冷蔵庫にあった缶ビールを見て、
「飲んだらどうなるのかなー」とふいに思ったその瞬間、いとも簡単に、缶ビールをあけて飲みました。


あーあ、飲んじゃった、という残念な感覚ではなく、なんだか、解放された気がしたのも事実です。
「なーんだ、飲んでも何も変わらない」とホッとしたような気もします。


あの時の私には、「一生飲まない」という自覚がなかったのです。


そして翌日から、また、断酒前同様、むしろそれ以上に飲みました。


多くの方が、そんな簡単にやめられるものではない、と書かれているとおりでした。
せっかくやめても、飲んだらまた、アルコール依存症なのでした。


その少し前に、実家の両親と食事をしたときに、父が「〇〇旅館の女将(知り合い)が、ええトシして、アル中になって、入院しよった!」と言う話をしたとき、苦笑いして聞きながら、内心、「ああ、もう、親にも相談できない。」って思いました。


親にも言えない、アルコール依存症を理解してくれる友人もいない、一番頼りたいと思う夫は相変わらず毎晩飲んでいるし、もとより、私のことを心配してくれるはずもない。


病院で自助グループ、アルコール専門の病院をすすめられましたが、私は行く決心がつきませんでした。


人に頼ったり、迷惑をかけることを絶対に許さなかった父の方針が私にもあって、絶対に自分でなんとかするしかないんだ、と思いました。


そんな時、のみすけさんのブログに出会ったことが「一生飲まない」という意識を強くしてくれるきっかけになりました。

(つづく)


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村 酒ブログ 禁酒・断酒へ
にほんブログ村 酒ブログへ
にほんブログ村



rara_5 at 15:37|PermalinkComments(6)

2013年10月19日

初めての飲酒から結婚まで



どんなお酒の飲み方をしてきたのか、さかのぼって、書いて、自分を見直しておこうと思います。

私が初めて酩酊したのは16歳。

親の留守中に、彼氏を家に呼んで、その時、家にあったウイスキーのボトルをあけて飲みました。
心配する彼氏を横目に、私は酔っ払って、天井がグルグル回っていたのを覚えています。

その後はたぶん、成人するまでは酔うほど飲むなんてことはなかったように思います。

しかし、成人して、就職して、職場の宴会などで、飲む機会が増え、私は一気に「酒飲み」と呼ばれるほど、飲むようになりました。

私が社会人になって1、2年すると、日本はバブル期になりました。

いろんな店が増えました。フランチャイズ、チェーン店の居酒屋があちこちにできて、多くのスナックでカラオケなるものが置かれるようになりました。夜はどんどん長くなり、酒飲み女がますます楽しめるものになりました。

飲み会で、「ららちゃん、お酒強いな!」と言われると、バカ野郎な私はそれをほめ言葉と勘違いして、「私、いくらでも飲めます」オーラを発して飲み続けました。
若かったとはいえ、本当に情けないことです。

お酒をすすめられたときに、「私、飲めません」と断る人や、最初からお茶やジュースを飲む女子を見て「何?!それ!失礼な子!」とさえ思っていました。

そんな時、高校時代から約7年間付き合った、冒頭のウイスキー事件の彼氏にフラれる事態がおこりました。

泣いて泣いて、今でいう「ストーカー」行為(当時はそんな言葉なかったけれど)で、毎日電話をかけて、「別れたくない」を連発し、職場まで会いに行ったりしました。私のそういうところも依存症を現しているのだと思います。
仕事が終わると、大急ぎで家へ帰りました。バスを降りて、自宅まで、毎日走って帰りました。なぜなら、当時はまだ携帯電話がなかったので、家の電話でしか連絡を取ることはできませんでした。だから、もし、カレが思い直して、家に電話をしてきたら、と考えると、とにかく早く帰りたかったのです。

でも、結局カレはわたしのところへは戻ってきませんでした。

追いかける行為、って逃げる者にとって、悪い効果しかないんですよね。理屈じゃわかっているのに、どうしても弱虫で依存症だった私は、追いかけ続けていました。超しつこくしました。逆効果なだけでした。別れようと思ったカレの気持ちにさらに追い打ちをかけたようなものでした。

さて、そこから、私はお酒に逃げるようになりました。

酔えば忘れる、と思いました。酔って寝ても翌日起きれば、また朝から涙が出るほど悲しかったのに、やっぱり飲んで忘れようと思っていました。

しばらくして、職場や、知人を通して知り合う男性もできて、飲みに行く機会も増えました。今の夫と知り合ったのも、その頃のことでした。
行く先々で、とことん飲みました。
飲むと気持ちが大きくなり、悲しいこともその時は忘れているように思えました。
バカ騒ぎして、調子に乗って、嫌なことも吹っ飛ばせると思っていました。

ますます「ららちゃんは良く飲む子」と思われるようになっていきました。

絶頂バブル期は私にとって、最高に飲むようになった時期でした。
思い出してもネオンと笑い声が聞こえてくるような気がします。


お酒があれば、嫌なことも忘れられる。
お酒があれば、なんでもできる!
そう思っていました。

長年付き合ったカレ氏にフラれたあと、付き合った相手の中には、良く飲む人、そこそこ飲む人、いろいろでした。
その中で、今の夫と出会ったことが、お酒という悪魔を崇拝してしまうきっかけになったともいえます。夫は私に輪をかけて大酒のみで、無節操な飲み方をする人でした。

夫と付き合っている当時から、夫とうまくいかない時、また私はお酒で紛らわしていました。
仕事帰りに、酒屋へ寄って、美味しそうなお酒を買って帰って、部屋でひたすら飲みました。

いやなことがあった日も、何もない日も、飲みました。

結婚する前から、夫の酒癖はわかっていたのに…。その後何度も夫の酒の失敗を私が尻拭いすることになるなんて思いもせず、その時は、好きだったから、それ(夫の酒の失敗を尻拭いすること)も「愛」と勘違いしていたのでしょう。

旦那と結婚することになり、お酒は意識しなくても、必ずいつもそこにあるもの、になっていました。

結婚してから、アルコール依存症を自覚するまでのことはまた後日書こうと思います。


にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村
にほんブログ村 酒ブログ 禁酒・断酒へ
にほんブログ村
 にほんブログ村 酒ブログへ
にほんブログ村

rara_5 at 16:18|PermalinkComments(2)

2013年10月18日

お酒をやめれば、いいことばかりだと思います


いつも、綱渡りだったと思います。

飲んで酔って寝てしまったせいで仕事の納品が遅れたり、
仕事で行かなければならないお宅へ、思いっきり酒を飲んだ状態で行ったり。
パート時代には、朝から必ず飲んで、仕事に行きました。

軽く酔ってるなーという感覚が快感で、そんな状態で仕事をするとハイテンションで調子よく動けるような気がしていたのです。



人に特別迷惑をかけていない(と思っていた)ので、

本当に長年、そんなとんでもない馬鹿野郎な生活をしてきました。



私はもう人生を半分以上も過ぎたのに、お酒で随分時間を無駄にしてきたことが情けなく、悔やまれてなりません。
振り返って、酒浸りの人生がどれだけ長かったかと思い返して今さら愕然とします。




私が一番お酒をやめたい理由は、子どもたちに、同じ道を行って欲しくないと思ったからです。

夫のことも、後々書こうと思いますが、酒で何度も失敗している人です。

子どもたちもそれを見ています。



アル中の子供が、のちにやっぱり酒に逃げる、溺れる、という話はよく聞きます。

私は、何としても、子どもたちは酒に飲まれる人生ではなく、有意義に、幸せに、生きて欲しいと心から願っているのです。

だから、子どもに見つからないように、最後は隠れて飲んできました。

子どもにウソをついてまで、飲んできました。

絶対にウソはだめ、と子どもに言い聞かせ、アルコール依存症になる人間など信じられない、といったことまで、プライドの高い私自身が堂々と、この口から発していました。



自分にほとほと嫌気がさしています。
ほんとに私は最低クソババアです。




お酒をやめてしまえば、

悪かった血液検査の数値もきっと良くなるかな。

お酒にかかっていたお金も浮くはず。

酔っ払って寝ていた時間が無くなって、家事、仕事、趣味、生きがいを見つけられるかな。

家の裏口に山積みで隠していた、ゴミ袋いっぱいのビール缶、真夜中に車でこっそり捨てに行くこともない。

子どもにウソつかなくていい。「ママ、何か変」と心配されずに済む。



なんだこれ!
私がお酒をやめれば、いいことばっかりじゃないですか。




だから、お酒をやめることを自分自身に納得させようと思っています。

お酒の悪い所をとことん、自分に言い聞かせようと思っています。

目標は、「もうお酒なんて絶対飲みたくない」と思えるようになることです。




ブログや掲示板、何年も前から、何度も挑戦して、何度もくじけてきました。

人様とのかかわりが嫌いなわけではありませんが、苦手です。

些細な言葉に異常なほど打たれ弱いのです。



でも、こうやって、人の目にさらすことで、自分を奮起させる効果があることは分かっています。

だからできるかぎり、今までのこと、お酒の怖さ、書き出してみようと思っていますが、

先述の通り、打たれ弱く、人付き合いが下手で苦手な私ですので、

コメントに返信できなかったり、失礼なこともあるかと思います。

どうか、ご了承ください。




にほんブログ村 メンタルヘルスブログ アルコール依存症へ
にほんブログ村
 にほんブログ村 酒ブログ 禁酒・断酒へ
にほんブログ村
 にほんブログ村 酒ブログへ
にほんブログ村




rara_5 at 17:13|PermalinkComments(2)

私の脳が1万回以上麻痺しているという事実



エチルアルコールを摂取すると、摂取した量に応じて脳の麻痺が起こり、酒酔いとなる。脳の麻痺により、まず判断力、集中力、抑止力等が低下する。

その結果、軽い興奮状態となり、気が大きくなったり、気分が良くなったりする酒酔い状態となる。

体内でアルコールを分解する際に生成されるアセトアルデヒドは有毒物質であるこれが血中に蓄積されると、心拍数の増加、嘔吐、皮膚の紅潮などの状態が引き起こされ、酔った状態となる。

このアセトアルデヒドによる酔いは、前者の酒酔いとは別の症状であり、この症状が表れる人間と表れない人間が存在する。
アセトアルデヒドは二日酔いの原因物質である。

(ウィキペディア参照・抜粋)


                   

つまり、

酔っ払ってろれつが回らなかったり、
足元がふらついたり、
わけが分からないことを口走ってしまったり、
焦点が合わなくて物が二重に見えたりなんかしているのは、
あれは「脳がマヒ」している状態なのですね。

私は相当回数、脳をマヒさせてきたのですね。
1年365日×(かける)30年・・・うわ~…。

意外と強いのか?人間の脳。

マヒ回数1万回越えの人間と、お酒を飲まずに生きて来た人と、それぞれの脳を比較したとき、同じ消耗度であるとは思えない。

おそらく、私の脳は半分くらいマヒしたままなんじゃないだろうか、とさえ思う。

飲んで酔って、起きたら、いっぱい忘れていることがあった。
手とか足とか、何でケガしてるのか記憶がないこともあった。

脳がマヒするって、絶対良くない。単純に絶対ダメでしょう。

脳はマヒしたうえに、体内では有毒物質アセトアルデヒドが生成されてるって
もう、アウトでしょう。

アルコールは、殺菌・消毒には有効なものかもしれませんが
口から摂取すると有害物質以外の何物でもないのだ
と自覚しておくことにした。




rara_5 at 16:35|PermalinkComments(0)